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メテオ・ストライクス!

いろんな分野で独り言を日々書きます。稼働終了したセガのクイズゲーム『Answer×Answer』を振り返る事もあります。

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ワイン・ガードナー、もてぎで暴れる 

交通トラブルから相手の男性3人の胸ぐらをつかむなどしたとして、栃木県警茂木署は16日、暴行の現行犯で、オートバイロードレースの元世界チャンピオンでオーストラリア国籍のワイン・マイケル・ガードナー容疑者(57)を逮捕した。

調べによると、ガードナー容疑者は16日午前8時ごろ、栃木県茂木町桧山のツインリンクもてぎの敷地内の道路で乗用車を運転中、東京都江戸川区の男性(49)ら3人の乗る乗用車と出合い頭に接触、トラブルになり、男性3人の胸ぐらをつかむなど暴行を加えた疑いが持たれている。ガードナー容疑者は容疑を認めている。

ガードナー容疑者は息子がツインリンクで開催されたバイクレースに出場するため、応援に来ていたという。

(転載ここまで)


49才のバイク好きなら、ワイン・ガードナーに暴行されたら喜べよ!(無責任な発言)
実際、どういう接触だったかは分からないですけど、ガードナーもオージーなんで、頭に血がのぼったのは間違いないでしょう。息子の応援に来てるってことは、子供の運動会の親みたいなもんで張り切ってたでしょうし。

ワイン・ガードナーの知名度は二輪好きにはもちろんですが、80年代のボンクラな10代で、鈴鹿8耐とか漫画『バリバリ伝説』とかに感化されてた連中にも絶大なモノがありました。
ワイン・ガードナーは自分が高3の時にはワールドチャンピオンになりましたし、安定して強かったイメージがありますね。名前もカッコいいしさw。
そして、エディ・ローソン、ケビン・シュワンツ、マイク・ドゥーハン、ウェイン・レイニー、新沼謙治(ニール・マッケンジー)らと鎬を削った、あの時代ですよ。二輪がとんでもなく面白かった時代です。あ、平忠彦も忘れちゃいけない。TECH21。
当時ですからレースの中継などには恵まれなかったものの、速報雑誌あたりを立ち読みしては、いろいろ想像してましたわあ。
余談ですが、自分の同級生が「新井」だか「荒井」という製作所への就職を決めた時、自分も含めてクラスの男子が口々に「アライのヘルメットか!」と聞いたくらい、あの当時のボンクラな男子には二輪が浸透していましたね。もちろん同級生の就職先はヘルメットの会社じゃないです。
その後、F1ブームがやってきて…二輪は影が薄くなってしまったのが残念。『バリバリ伝説』も終わったしなあ。

まあ…事の良し悪しはありますが、久しぶりにお名前を聞いて嬉しかったですよ。高校の頃はワインかイワンかあやふやだった事は内緒でw。
一般層に再度二輪がアピールするには、やはり『バリバリ伝説』クラスの漫画が不可欠だと思うんですが、昨今は二輪漫画なんてなかなか無いのよ(代わりに自転車漫画が増殖しまくっている)。
そもそも『バリバリ伝説』のしげの秀一が、女子高生が野球やる漫画を描いているくらいですからね。
『ばくおん』とかそういうのはもういいので、硬派な二輪漫画をそれなりの雑誌で連載してほしいと思います。
…次は話題づくりも兼ねて、エディ・ローソンも一緒に暴れてくれ(ダメじゃん)。
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2016/10/17 Mon. 02:50 | trackback: 0 | comment: 2edit

稀勢の里に綱取りは無理でしょう 

優勝出来ない稀勢の里に…何故か謎の綱取りが発生していた秋場所も、まさかの豪栄道の全勝優勝、安定の稀勢の里10勝5敗で終わりました。
せっかくの白鵬全休というチャンスも、稀勢の里には何の効果も無かったようです。「白鵬がいるから横綱になれない!」と連呼し続けていた人達は、息してるんでしょうか。
稀勢の里に対して常に大甘で、横綱昇進のラインを下げ続けた協会と横審も、豪栄道の綱取りには言及しましたが…稀勢の里はリセットだそうで。当然。
(まあ…豪栄道は名古屋場所7勝8敗なんで、綱取りと言われても釈然としないのではありますが)
これで、現在の横綱大関陣で優勝未経験なのは稀勢の里だけという、稀勢の里の今までの実績で言えば意外な現実となりました。
でも、案外意外ではないんですよね。


現在の上位陣の優勝と優勝同点の回数、そしてそのうち「14勝以上」が何回あったかを列挙してみますね。

白鵬…………優勝37回 同点4回 全勝12回 14勝20回(32/41)
日馬富士……優勝8回 同点1回 全勝3回 14勝3回(6/9)
鶴竜…………優勝2回 同点2回 全勝0回 14勝2回(2/4)
照ノ富士……優勝1回 同点1回 全勝0回 14勝0回(0/1)
琴奨菊………優勝1回 同点0回 全勝0回 14勝1回(1/1)
豪栄道………優勝1回 同点0回 全勝1回 14勝0回(1/1)

稀勢の里……優勝0回 同点0回 全勝0回 14勝0回(準優勝11回、13勝6回)


13勝以下で優勝が決まる場所もありますが、大半の場所は14勝以上あげないと優勝出来ません。13勝の優勝は「レベルが低い優勝」と斬って捨てる解説もいたりしたもんです。
稀勢の里は現在までの大関勝率が7割という数字を残してますが、それは…「次第に強くなって充実した7割」ではなく「11勝はコンスタントにするけど必ずいくらか負ける7割」なんですよね。
準優勝11回という数字だけ見たら歯痒いかもしれませんが、14勝した場所は一度も無い。瞬間的に強くなることもない、永遠の2番手なんです。
横綱というのは、場所の頂点に立てる力量が無いとやっちゃいけないと思うんですよね。つまり稀勢の里は横綱になっちゃいけない。少なくとも今までの成績ではね。

もう覚えてない人が多いでしょうが、小錦は稀勢の里を上回る実績を残したのに昇進を2度見送られました。
◎14勝(優勝同点)→12勝(準優勝)
◎13勝(優勝)→12勝→13勝(優勝)
…特に2度目の流れで見送られた時は、いくらなんでもおかしいだろと憤慨したものです。でも協会と横審、マスコミは小錦に冷淡だった。マスコミに踊らされた一般大衆もね。
小錦を昇進させないのであれば、今までの稀勢の里が昇進出来る訳がないのです。
(小錦は、北尾の一件の余波をモロに被ったとも言えますが)

ということで、稀勢の里の綱取りという虚構は消滅しました。
優勝も優勝同点も無い大関となると、かの増位山までさかのぼるそうですけど、増位山には歌があってヒット曲もありますからね。稀勢の里には…。
ま、プレッシャーの無くなった九州場所でまた13勝しちゃうかもしれませんけどねw。そういう力士です。
ただ、綱取りを克服出来ない力士に、綱の重圧は耐えられない。それだけは確かです。
九州場所は、豪栄道は果たして覚醒したのかというのと、稀勢の里の無重圧相撲の充実ぶりが楽しみです。
…休養充分の白鵬が戻ってくるから、まあ優勝は白鵬だと思うけどね。
2016/09/27 Tue. 10:18 | trackback: 0 | comment: 2edit

『師走の翁 JKプロレスイラストレーションズ 技画-GIGA-』 

首の痛みも癒えてきましたので、ブログもジワジワ再開していきたいと思います。
先日、とてもいい本を買ったので紹介を。

「師走の翁」先生という成年漫画家がいらっしゃいます。
もう十数年、成年漫画界のトップクラスにいらっしゃる方で、『シャイニング娘。』シリーズで一世を風靡された後も、雑誌『阿吽』の大看板としてコンスタントに良作を輩出されています。
自分も単行本は何冊か買ってますし、ツイッターもフォローしています。ファンと言うには薄いですがw。
で、師走の翁先生は超のつくプロレスマニアでありまして、それが今回の画期的な本の出版に繋がっていきます。

以前…女子高生がプロレス技を有料でかけてくれる「JKリフレ」という優良店……いや、けしからんお店が摘発されました。
自分もこのブログで、どんな技を女子高生にかけてもらいたいかツラツラと書いたんですけど、非常に楽しい想像で脳内が活性化した記憶があります。
師走の翁先生もこの出来事にはかなり触発されたようで、その画力を存分に活かされ、「女子高生がおっさんに技をかけている絵」を技別に次々とツイッターに上げられていたんです。
ディテールのしっかりしたその絵には「おおっ!」と感嘆させられましたし、「絵が描けるって素晴らしいなあ」と改めて思わされました。才能の有効利用。
その後も師走の翁先生は、時々絵を上げられていたんですが、今年になってツイッターで…この一連の「女子高生がプロレス技をかけている絵」が本になる旨の告知があったんです。自分狂喜w、有難いことです。
とりあえずAmazon辺りで買おうかなあ…と思っていた矢先、なんとTSUTAYA書店のスポーツ雑誌コーナーの、週刊プロレスの背後に…あったんですよ、『師走の翁 JKプロレスイラストレーションズ 技画-GIGA-』(笠倉出版社 1200円+税)が。
即確保、即購入。これは天の配剤、生きてて良かった。

内容としては、まず取り上げられているプロレス技は30。この全てに師走の翁先生の美麗なイラスト。女子高生同士が技をかけあっている、実に俺得なモノです。(あ、成年漫画描写はありませんよ。時々パンツは見えてるけどw)
そして、その技の実際のプロレスでの写真、技の歴史と解説、派生技の紹介、師走の翁先生のイラスト解説が見開きページ内にギュッと凝縮されている濃い内容。
さらにプロレスラーインタビューとして、武藤敬司、男色ディーノ、清水愛の御三方(各4ページ!)。
漫画家インタビューとして、みのもけんじ(プロレススターウォーズ)、さかなこうじ(俺のプロレスネタ、誰も食いつかないんだが)、徳光康之(最狂超プロレスファン烈伝)。
クリエイターインタビューとして、PCブラウザゲーム『リングドリーム』原作者とプロデューサー。
そして師走の翁先生のバックステージインタビュー。なんと全ページ驚きのフルカラー。
…いやいや、正直ここまでクオリティの高い本になってるとは思いませんでした。これは女子高生プロレス画集でありながら、立派なプロレスムック本であり、どうしてもマニアックになりがちな今までのプロレスムック本には無かったモノです。これならプロレスマニアじゃなくても読み所がある。
プロレスマニアはどうしてもディープかつ排他的で、ライトファンを排除して自分らのパラダイスを守ろうとする傾向があり、それが団体の努力を無にしているのに意に介さないという本末転倒なことになりがちです。プロレス書籍もそういう人達相手の商売でしたからね。
でもこの本は、プロレスマニア層もライトファン層も、興味は無いけど女子高生イラストが好きな層にも充分読める。単に師走の翁先生の画集という範疇を超えて、大変貴重な本だと思います。

現在、Amazonも瞬殺されて品切れということらしいですが、ぜひ笠倉出版社も頑張って増刷かけて頂きたい。プロレス書籍の棚に長く置かれる本になるべきです。
店頭で見かけた方は、ぜひ買って読んでみてください。プロレスへの造詣が深まること間違いないです。
そして、どの技を女子高生にかけてほしいか想像するのもまた乙なものです。

…自分はフランケンシュタイナーかSTFかなw。
2016/09/01 Thu. 10:20 | trackback: 0 | comment: 0edit

さようなら、千代の富士 

自分は一度だけ、大相撲の本場所を見に行ったことがあります。
相撲好きとはいえ田舎の子ですから、そういう機会には恵まれなかったんですけど、福岡に出て紀伊國屋書店でパートしたりしてる頃、一念発起して本場所のチケットを手に入れました。
…3階の椅子席ですがw。

1990年(平成2年)九州場所。
この場所の番付、上位陣は4横綱2大関。東西の正横綱に北勝海と旭富士、張出横綱に千代の富士と大乃国。大関は霧島と小錦。
関脇に琴錦、小結に逆鉾、前頭3枚目に板井などがいて、そして…5枚目に若花田、7枚目に曙、12枚目に貴花田がジリジリ上がって来ていたという、次代の波に呑まれる直前の場所でした。
歴史に残る大横綱である千代の富士も、この年の初場所に優勝回数を30回の大台に乗せたものの、その後4場所は休場がちで、カモにしている小錦にも連敗するなど奮わない状態。何度目かの「限界説」が流れていたはずです。
しかし始まってみると千代の富士の全勝街道、8連覇するほど得意にしていた九州場所だったからか身体が切れています。「そういや千代の富士って、全休明けの場所に異様に強いんだったなあ…」と思い当たった次第。不死鳥か、この人は。
そして、千代の富士が初日から10連勝という状況で迎えた11日目。自分はいそいそと福岡国際センターに出かけました。

相撲は好きですが、さすがに序の口や序二段から見に行こうとは思いません。砂かぶりで見放題だけどさw。
まあ…NHKの中継が始まるのが午後3時だし、そのちょい前に着けば堪能出来るだろう…と考え、地下鉄と徒歩で現地へ。
「…ああ! 本場所だあ!」
ふれ太鼓、力士のぼり、人混み、活気、TVを通して見ていたあの光景です。生きてて良かった。
人混みは、どうやら場所入りする幕内力士を"入り待ち"している集団のようです。当時は若貴フィーバー前夜、観客にも活気があります。
自分もちょっと見物。本物の幕内力士が眼前を通るたびに「おおっ」と見惚れていたんですが、そこへ…どうやら藤島部屋の…あの兄弟が来たという一報。群衆歓喜w。
ほどなく、"お兄ちゃん"こと若花田が付け人従えて通ります。群衆はもう熱狂の渦で、声援と撮影の雨あられ。
自分は格別花田兄弟のファンでもないので、「大変だなあ…」と一歩引いて見てたんですが、そのおかげで…若花田が群衆の耳目を集めている間に、その裏手からこそこそ場所入りする貴花田が目に入ったんですねw。群衆が気付いた時には貴花田はまんまと場所入りしていたという。
なんという連携プレイ、お兄ちゃん囮役になったんだなあ。仲が良い兄弟だこと。
(これはあくまで1990年11月某日の感想です。現在の花田兄弟とは違う場合があります)

花田兄弟の場所入りを機に、自分も会場入り。
メイン通路には大きい売店があって、黒山の人だかりが出来ています。自分も怯まずそこへ突入し、番付と湯飲み(親父用)、霧島と小錦の手形色紙を買いました。霧島はファンで、小錦は貴重な人体標本としてw。今思えば千代の富士も買っておけば良かったねえ…。
しばらく周囲をうろついてみると、花道とか簡単に近寄れるんだな…と驚きました。それが相撲のいいとこなんだけどさ。すれ違う係員のような親方も、「い、今のは!」と振り返る方ばっかり。楽しいねえ、本場所。
さて、おもむろに階段を昇って3階の自分の席へ。
…眼下に広がるマス席とは違い、椅子席は寂しいもんです。見晴らしはいいけどね。当時は相撲のチケットは超プラチナでしたから、一般が気軽に買えるのなんて、一部のマス席と椅子席くらいでした。もちろん相撲茶屋のサービスなんてありませんよw。あれはブルジョワしか相手にしません。
席に座ると、…当然ながら土俵が遠い。力士の判別や状況は問題ありませんが、「ああ、オペラグラスとか持ってくるんだった」と気付いても後の祭り、アフターフェスティバル。
それと、TVやラジオのような"実況"が無いので、意外と淡々とした雰囲気に映る。この臨場感はもちろんいいんだけど、仕切りの間はミニラジオで実況聴けるような準備しとくべきだったな。
そういう反省をしつつ、貰った用紙に書いてある本日の取組とにらめっこしながら状況を確認。
今日の自分が為すべきは、霧島へ声援を送ること。そして一番重要な一番は千代の富士-小錦戦だね。

十両の取組、そして幕内力士土俵入り、続いて豪華な4横綱の土俵入り。
TVでいつも見惚れていた、あの千代の富士の土俵入りですよ。凛として力強くて綺麗だ。「よいしょおおお!」の掛け声も力が入ります。
中入り。実況も無いしまたブラブラ。なんというか楽しそうな空間だ。なるほど、マス席という仕組みになる訳だ。これは確かに「興行」だよね。
取組再開。幕内下位にも人気力士や期待の若手がいるので張り合いのある進行。花田兄弟は一際声援がデカい。
上位にはお気に入りの琴錦、安芸乃島。そして大関霧島。TVに音声拾われないかな…と思いながら「霧島あぁ!」と掛け声をかけます。(全く入っておりませんでしたw)
さて注目の一番、千代の富士-小錦。双方超人気者にして実力者、そして千代の富士は充実の全勝街道。見てる方も力入ります。おそらくTVでは、ここんとこ小錦が連勝してることを強調してんだろうなあ。
初めて見る生千代の富士は、漫画の切り抜きかというくらい雰囲気がある。完成された佇まいと調子が良い故の発散オーラが凄い。かたや小錦、何この巨体、全部肉かよ。あれがキビキビ動くんだから恐ろしい話だ。
時間一杯、大歓声、タオルで汗を拭う所作、塩、ポンポンと廻しを叩く音、手をついて…。
立ち合い、小錦の巨体をガッチリ受け止めた千代の富士、すかさず右上手。そしてその上手から、土俵中央であの小錦をブン投げた!「おおお! スゲエっ!」
千代の富士、土つかずの11連勝。派手な勝ち方に館内大喜び、馬鹿が投げた座布団が2枚くらい飛んでます。(あの当時はまだ節度があったけどね)
千代の富士ファンというわけでもない自分も、「ああ、こりゃあ今場所は千代の富士が優勝するなあ」と納得しながら帰宅路へ。他の3横綱の取組も見てるはずなんだけど、25年経った今はもう記憶が残ってないわw。
それくらい、千代の富士が勝った相撲が印象的だったんだろうなあ。

その場所は結局、千代の富士が12連勝し、他が崩れたこともあって最終的には13勝2敗で優勝となりました。31回目の優勝、そう、千代の富士現役時代最後の優勝だったのです。
翌場所から体調を崩した千代の富士は、初場所、春場所を不本意な形で終え、そして夏場所初日、貴花田との初顔合わせの一番となります…。

結果的に、自分の唯一の大相撲生観戦は、最後の充実した千代の富士を記憶に残すこととなりました。大変光栄なことです。
幕内下位と十両を行き来し、90kg台の超筋骨隆々体型だった千代の富士が、次第に幕内上位に定着し、体重も120kgまで増え、三役にやって来たと思ったらあっと言う間に大関を射止め(小結3場所、関脇2場所だけ)、その大関も3場所で通過し横綱へ。本当に強い力士は停滞せずに昇進するという見本のような存在でした。延々と綱取りに失敗し続ける大関など、横綱にする価値は無いのですよ。
あの北の湖との優勝決定戦に勝った時、自分は小学校高学年でした。中学、高校の6年間ずっと強い千代の富士を見続け、福岡に出てきたら53連勝ですよw。なんという伝説の力士。
この大横綱の最後の優勝場所を見に行けたのは、相撲好きとして誇らしいことです。36才の生ける伝説、最後の輝き。

…あれから25年、まさかこんなに早く千代の富士の訃報に接することになろうとはね。
言いたいことはたくさんあるんだけど、自分が唯一観戦した本場所の勇姿が一番の思い出です。
強かった、カッコ良かった、素晴らしい横綱だった。
さようなら、千代の富士。
2016/08/02 Tue. 11:32 | trackback: 0 | comment: 2edit

どうも胡散臭い「40-0」というスコア 

大学サッカーで信じられないスコアで終わった試合があった。

北信越大学サッカーリーグ2部に所属する松本大学サッカー部が、『第40回総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント北信越大会』の予選リーグ第1節で富山国際大学と対戦し、なんと40-0で勝利したのだ。

前半は17-0で終え、後半に23得点を挙げている。最も得点を決めたのは2年生のMF茂澄拓の9得点で、DF今野裕人の7得点で次ぐ。

また、FW高橋勇太、FW高橋隼人、FW上條功輝がそれぞれ5得点を記録している。

(転載ここまで)


自分が高校生の時の話。
ウチの高校は野球部が県内強豪レベルで、甲子園まであと1勝というとこまで進出して………決勝で海星高校に虐殺されたりしたこともあったんですけどねw。(当時の話で、現在は1回戦負けがデフォ)
それに対してサッカー部は、それほど目立った戦績は残してなかったんですけど、ある年珍しく勝ち進んで県予選のベスト8に進出。
校内放送で「サッカー部がベスト8に進出しました~」とアナウンスされて、自分ら「おお~」と盛り上がります。
こうなれば次も勝ってほしいところ。「先生、次の試合や相手どこですか?」
先生は、しばらく黙った後、おもむろに教えてくれました。「…国見高校だ」
前年、全国大会で初出場準優勝した、小嶺監督が率いる"あの"国見高校。自分らは考えるのをやめ、話題を他の事に切り換えました。

ベスト4進出をかけ、前年度全国大会準優勝の国見高校と対戦した我が高のサッカー部は、結局【11-0】で敗北しました。
その時の録画ビデオを、昼休みに視聴覚教室で流すというので繰り出して見たんですけどね…。
雨中の対戦でぬかるんだグラウンドコンディションなんですが、国見高校の選手の動きが凄いんですよ。悪いコンディションなど意に介さずポンポンとパスを繋ぎ、逆にパスカットしてくる。ウチのサッカー部がグラウンドに四苦八苦しているのとは比べ物にならない。
そうこうしている間に、動きの覚束ないウチの守備陣に国見高校の波状攻撃が殺到してくる。ディフェンスがガタガタだからキーパーも止めようが無い。次々とゴールネットが揺らされます。
後にサッカー部員に聞いたとこだと、「なんとか1点取り返そう!」と必死に喰らいついて、なんとか一度だけPKを獲得。それをウチのエースが、ゴール隅に会心のシュート!………したんだけど、国見高校のキーパーがきっちりパンチングでセーブしたそう。「…これが全国レベルか…」
雨中の試合でポテンシャルを見せつけた国見高校。この後も当然のように勝ち進んで、全国大会の決勝で再戦となった東海大一を破って初の全国制覇を成し遂げました。
これによって、ウチの高校が国見高校に喰らった【11-0】は完全に箔が付き、「いやあ、全国優勝するチーム相手だから仕方ないね~」とちょっとした自慢にまで昇華したのですw。卒業アルバムにも写真載ってたからね。


などという昔話をしましたが、何が言いたいかというと…サッカーの場合、例え実力差が歴然としていてもスコアが【40-0】なんてことにはならないはずなんです。
ウチの高校が、降りしきる雨の中で歴然とした実力差を見せつけられた試合ですら【11-0】ですからね。同じ高校生、真剣に喰らいつけば5分間に1失点くらいで抑えられるもんです。(それを抑えたと表現していいものかはアレですが)
【40-0】ってことは2分ほどで1失点でしょ。しかもゴール決めるだけじゃなく、センターサークルにボール戻してリスタートする時間も必要。
例え、富山国際大のサッカー部が囲碁部や手芸部からの助っ人で構成されていたとしても、このスコアは異常。
推測ですが、レッドカードか負傷退場かで富山国際大の人数が10人以下だったんじゃないですかね。9人くらいで、キーパーも負傷退場だったらスコアとしては可能かも。
で、松本大学の点の取り方も、前半17点、後半23点という尻上がりなんで、おそらく富山国際大はもうまともにプレイしてなかったんでしょう。力尽きたのか、ふてくされたのか。
一通りググってみたんですが、試合の詳細を伝える記事には出会えなかったので、あくまで推測ですがね。
一つ確実なのは、松本大学の方の点取り意欲が旺盛で、かつ後半終了まで維持されたことですね。全力を尽くしたというか、何もそこまでというか。
ファミコンの『キャプテン翼』で、各中学校の猛者を揃えた日本代表の壮行試合で高校生との試合をやりますけど、あの……何を打っても点が入る感覚ですね。早田のカミソリシュートはもちろん、タケシの普通のシュートですら入るという。
松本と富山国際、双方ともおかしいわ。どうもからくりがありそう。

いずれにせよ、このスコアは今後日本のサッカー界で必ず引き合いに出されることになるんでしょう。
ウチの高校の大敗は、国見高校が全国制覇して箔になりましたが、富山国際大にとってこの超大敗は…大学の不名誉でしょう。
サッカー部の存続自体を考え直した方がいいでしょうね。
2016/05/12 Thu. 06:32 | trackback: 0 | comment: 0edit

「王道」にチラつく元子夫人の影 

元横綱でプロレスラーの曙(46)が20日、自ら設立したプロレス団体「王道」を東京・後楽園ホールで旗揚げした。
曙はメインイベントに登場し、田中将斗(ZERO1)、太陽ケア(王道)と組んで、関本大介、岡林裕二(ともに大日本プロレス)、浜亮太(WRESTLE-1)組と6人タッグマッチで対戦。
3人のトップロープからのボディプレス3連発を浴びながらも、16分28秒、田中をヨコヅナ・ファイナル・インパクトからの体固めで圧勝した。

曙は自身のファイトだけでなく、全6試合をマッチメイク。
第1試合には故・橋本真也さんの長男である橋本大地(大日本プロレス)が飾り、ケンドー・カシンA、黒覆面AのはぐれIGF軍団というプロレスらしい怪しい演出や、メキシコAAAからフェニックス対ペンタゴンJr.の華麗な空中戦を招へいするなど、プロモーターとしても手腕を発揮した。

会場には弟弟子の東関親方(元幕内・潮丸)が観戦に訪れ、浴衣姿の力士の姿も見られた。
試合後はマイクを握り、「王道のプロレスは、お客さんにわかりやすい、そして激しい試合をしたと思います」と自賛し、5月15日の山口大会、8月の弘前大会では、“1000の顔を持つ男”ミル・マスカラスの参戦を発表した。
さらに、大仁田厚(58)から電流爆破デスマッチでの挑戦状も届けられた。

「王道」は日本人で初のNWA世界王者になった故・ジャイアント馬場さん(1999年没、享年61歳)の代名詞でもあり、曙は馬場元子夫人(76)からこの名称を正式に継承した。
会場に飾られた馬場さんの等身大フィギュアにも勝利のあいさつをした。
熊本地震の被災者に贈る「曙募金」の活動も行われた。

(転載ここまで)


また新団体か…。新団体といっても、おそらくZERO-1や大日本と連携しないと興行は打てない規模でしょうけど。
曙については存在感は申し分ないので、団体の顔として充分ではありますが、先行きは不安ですね。
ただ、驚くべきは…なんで馬場元子がバックアップしてるんでしょうかね。

故・ジャイアント馬場夫人、馬場元子。
一言で言えば"守銭奴"であり、相当な資金力を持つ影のフィクサー。自分の握ってる権力は絶対手放さないゴッドマザーですね。
馬場さんの生前も守銭奴っぷりが見え隠れしてたんですけど、馬場さんが亡くなって三沢が後継になってからのゴタゴタを演出したのは元子夫人です。結局、株を全て握ったまま口を出してくる元子夫人に業を煮やした三沢が全日を出てノアを旗揚げ。
その後に全日の社長になった武藤に対しても同様だったので、選手会が元子夫人に直談判して…ようやく全日の株を武藤に譲渡。それでも相当な金を持ってるし、馬場さんに関する権利も牛耳ってますし、ゴッドマザーには変わりありませんけど。
武藤が全日を出て新団体を旗揚げし、現在の全日は秋山が社長ですが、以前も触れたように全日はもう限界に近い状態。元子夫人も全日から三冠ベルトを回収し、資金投入もしてないような状況。
さすがにゴッドマザーも余生を送るのかな…と思いきや、曙への肩入れですか。元気だなあ、76才。
もともと曙の事は大層気に入っているようで(華はあるだろうし、デカい人が好きなんだろうなあ)、いつだったか曙にキャデラックを贈呈した記事も見ました。曙にしたら頼りになるパトロンですわ。
「王道」の名称提供、馬場さんの等身大フィギュア…というだけでも肩入れっぷりが分かるというものですが、果たして…全日本とは完全に切れたのかね?
全日本は馬場さんが作った団体なんだから、完全に見放すとも思えないんだけど。
まあ確かに、今の全日本には華もへったくれも無いんですが、小規模とはいえ曙の新団体に一役買う元子夫人に対し、全日本社長の秋山はどう思ってますかねえ。

ただでさえチキンレース状態のプロレス小規模団体。「王道」は元子夫人のバックアップで、どういう地位を築くんでしょうか。
ひょっとすると、全日本を"吸収"する受け皿として「王道」を作ったのかもしれません。そしてまた実権を握る…と。考えすぎかもしれませんが。
いずれにせよ、2016年にもなってまた元子夫人の暗躍を見るとはね。天龍が引退しても、プロレス界はまだ昭和っぽいですよ。
2016/04/21 Thu. 04:45 | trackback: 0 | comment: 0edit

バスケットボール界は鋭意改革中 

日本バスケットボール協会の新会長に、現副会長の三屋裕子氏(57)が昇格することが10日、分かった。
昨年5月に就任した川淵三郎会長(79)は、先月に制定した70歳定年制により1年限りで勇退する。

同協会の会長候補者選定委員会は、次期会長候補者を三屋氏に絞り込んだ。今月19日と、6月の評議委員会を経て正式決定する。

新生バスケット界の改革は、サッカー出身の川淵氏からバレーボール出身の三屋氏に委ねられる。
一昨年11月、男子リーグの分裂などで国際バスケットボール連盟(FIBA)から無期限の資格停止処分を受けた。
昨年1月から川淵氏が改革を断行し、男子リーグの統一を実現。同5月から会長に就任していた。

定年制を敷く前から、川淵氏は1年限りで身を引く考えを示していた。
三屋氏は出身競技のバレーだけでなく、06年にはJリーグの理事に就任。昨年5月からバスケット協会の副会長として川淵会長を支える。
以前は下着販売会社シャルレ社長を務めるなど、実業家としても活動。強烈なリーダーシップを持つ川淵氏の後任には適任といえる。

バスケット界は今勢いに乗る。
昨夏には女子日本代表が3大会ぶりに五輪出場権を獲得し、今夏のリオデジャネイロ大会では初のメダルを狙う。
世界最終予選(7月、ベオグラード)で40年ぶりの出場権を懸ける男子は、今秋にプロのBリーグが発足する。
混乱を抜け出した新生バスケット界。三屋新会長の今後の手腕が期待される。

◆三屋裕子(みつや・ゆうこ)
1958年(昭33)7月29日、福井県勝山市生まれ。177センチ。
東京・八王子実践高-筑波大-日立。84年ロス五輪で銅メダル。
06年からJリーグ理事、07年から日本バレーボール協会理事。
昨年5月から日本バスケットボール協会副会長。
現在株式会社サイファ代表取締役。アシックス監査役、藤田観光取締役を務める。

(転載ここまで)


川淵、大仕事を2つやって退任ですか。
一つは懸案であった国内2リーグの合併(Bリーグの誕生)。もう一つは、そのBリーグのメインスポンサーにソフトバンクを引っ張ってきて、125億円出させたこと。
合併に関してはいろいろ押しつぶして強引に進め、その不満をメインスポンサー爆誕で表面化させなかったのは、まさに豪腕。やっぱ有能、特に破壊から創生という流れは得意だよねえ。
退任に関しては、年も年なんで長居せず、出来れば得意とする破壊からの改革でもう一仕事したいってとこなんでしょう。どの団体に行くのかは知らないけど。
(プロ野球のコミッショナーやってもらいたいけど、読売や中日は絶対嫌がるだろうなあw)

で、次期会長が三屋裕子と聞いて…「バスケット界には人材はいないのかw」と思ったんですが、これがいないんですなあ。
もちろん、過去のグダグダだった協会の流れを断ち切る意味合いもあるでしょうが、日本のバスケット界はこういう人材を生み出すことなく無為な時間を送っていたんです。
NBAやスラムダンクによるバスケットブームを「はなはだ迷惑」と面倒くさがっていた旧協会に(公式文書で言ってたんだからどうしようもない)、Bリーグの運営なんぞ出来る訳がありませんからね。ソフトバンクだって撤退するでしょうよ。
三屋裕子が会長適任かといえば…必ずしもそうではないと思うんですが、この場合重要なのは、バスケット界のしがらみとは無縁という一点でしょうからね。
副会長などは川淵が連れてきたサッカー閥が固めるようですし、三屋裕子は顔と広告塔の意味合いが大きいと思います。

ともあれ、日本のバスケットはサッカーとバレーボールの人材によってゴリゴリに改革されている最中です。果たして競技人口に見合った地位を獲得出来るか?
それにはまず、新しく始まるBリーグ、なんとか軌道に乗ってほしいですね。
2016/03/12 Sat. 05:23 | trackback: 0 | comment: 0edit

ハヤブサさんを偲ぶ 

ハヤブサさんが亡くなりましてね…。
ファンというか、単純に好きでした。カッコいい、シビれる、憧れる。ルチャを主体とするレスラーの中でも、雰囲気と切れ味が物凄かった。
90年代はインディーズのFMWですらレスラーを海外修行に出せるくらい、プロレス自体の景気が良かった時代ですが、それが無ければハヤブサというレスラーはあそこまで見事に開花しなかったかもしれない。
新日や全日のようなメジャー団体だと、あの体格の持ち主にルチャはさせなかった気もするので、FMWだったからこそハヤブサが誕生したということになるんでしょう。
プロレス雑誌でその存在は知ってましたが、初めて動くハヤブサを見たのは新日が主催した『スーパーJカップ』です(1994年だったと思う)。
この大会、参加レスラーが凄かったんですよ。優勝がワイルド・ペガサス、準優勝がザ・グレート・サスケ。あとは獣神サンダーライガー、エル・サムライ、スペル・デルフィン、TAKAみちのく、ディーン・マレンコ、リッキー・フジもいたなw。
そしてハヤブサが、ライガーと素晴らしい試合をしましてね。「うおお、ハヤブサすげえ!」と認識し、プロレス雑誌で情報を追うようになります。(この試合の映像、YouTubeとニコ動には無い…というか削除されてますね。他の動画サイトにはありそう)

大仁田の引退(という行事)によってFMWのトップとなってからは、火の車であろう団体を盛り立てるべく、数々の名勝負と、それに伴う故障、その故障を癒す暇も無い団体事情…と、満身創痍で戦っておられました。「メジャーだったらもう少しどうにかなあ…」と思わずにはいられなかったものです。
でも、リングでのハヤブサは本当にカッコよかったです。ファイアーバード・スプラッシュ、フェニックス・スプラッシュの有無を言わさぬ説得力。ルチャは楽しく激しい。
ハヤブサが活躍したのは…いいとこ5~6年なんですけど、それ故に記憶は鮮烈なのです。

あの…事故で、ハヤブサが半身不随となってから15年ほど。
プロレス復帰に執念を燃やすハヤブサさんの姿を見るたび、応援したい気持ちと切ない気持ちと半々でした。
後に三沢が頚椎断裂で亡くなった時、頚椎損傷のハヤブサさんは…それでも運が良かった方なのか…と愕然とさせられもしました。プロレスラーというのは、なんて因果な商売なんだろう。
プロレスラーは身体削っているんだから、こっちも真剣に見て批評するのが礼儀だと思うようになったのは、ハヤブサさんの存在が大きいですね。

あの重傷から、松葉杖、補助付きとはいえ、立ち上がってどうにか移動出来るようにまでなって、………訃報を聞くとは思ってませんでした。
長年戦った頚椎損傷からの半身不随ではなく、睡眠中のくも膜下出血というのが、なんともやるせない…。酒が好きだったそうだけど、それが関係あるかは分かりません。
いずれにせよ、ハヤブサさんはこの世からいなくなったのです。

こういう日は、こういう映像を見る事が供養かな…と思いまして。


『ルチャ、空中技セレクト』 by ニコニコ動画


『ハヤブサ画像集』 by ニコニコ動画

ルチャの名場面集は、ハヤブサだけでなく数々の名レスラーのいい場面が見れます。ルチャの楽しさが集約されてます。
ハヤブサの映像は、…やっぱ持ってる雰囲気が素晴らしいよなあ。

ファイアーバード(火の鳥)、フェニックス(不死鳥)。それがハヤブサさんの決め技でした。
ハヤブサさんの残した記憶は不死鳥のように永遠に残り、時を経て火の鳥のようにいずれ甦ってきますよ。
鮮烈な試合と、長いリハビリ、お疲れ様でした。安らかに。
2016/03/05 Sat. 04:50 | trackback: 0 | comment: 0edit

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