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メテオ・ストライクス!

いろんな分野で独り言を日々書きます。稼働終了したセガのクイズゲーム『Answer×Answer』を振り返る事もあります。

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骨法の堀辺正史師範、逝く 

日本武道傅骨法(こっぽう)創始師範の堀辺正史師範が、2015年12月26日に心不全のため亡くなっていたことが分かった。

亡くなった当日は、いつも通りに早朝に起床。散歩をし、道場にて指導などをこなし、普段通りの生活を送った。
特に調子が悪い様子もなく就寝につくと、眠るように亡くなっていたという。74歳だった。

堀辺師範は1941年、茨城県出身。
1950年、奈良時代より日本に伝わる独自の拳法という骨法を、流派継承上51代骨法師範で、かの東條英機の身辺警護を務めたという父から学ぶ。
1976年に骨法道場を東中野に創設し、アントニオ猪木を始め、グレートカブキ、獣神サンダーライガー、船木誠勝ら有名プロレスラーを指導したことで一躍その名が知られ、テレビや雑誌にたびたび登場した。

(転載ここまで)


はい!おっさん集合! みんなの大好きな骨法の堀辺師範だよ。亡くなってしまわれたそうで、大変残念だけど…。
夢があったよね、骨法。なんというか胡散臭くてさ。奈良時代に大伴古麻呂が開祖となったらしいんだけど、その事ばかりがクローズアップされて、そこからの1200年余りの歴史が…あまり語られないのがお約束でした。
(朝松健の『私闘学園』シリーズに"滅法"というのが出るけど、登場するごとに滅法の歴史が大袈裟になっていくのがお約束でした。あれは骨法のパロディだったんだろうな)
まあ、武術であり整体でもあったので全くのデタラメでもないんですけど、…良くも悪くも堀辺正史師範のインパクトが強くてね。あの風貌にヒゲ、ある意味説得力はあるんですが、胡散臭さもものすごいものでした。
そんな人が、なぜかアントニオ猪木と意気投合して、80年代後半から新日本プロレスのアドバイザーになっていく流れは、今考えても…笑えますw。
その辺の事情は、今やプロインタビュアーとして名を馳せる吉田豪さんがしっかりインタビューしてますので、下のリンクを読んでみてください。おっさん必読。


吉田豪、堀辺正史師範を語る

これを読むと、海賊男、ビッグバンベイダー、そして堀辺正史師範が何故ドン・中矢・ニールセンに怒っていたのかが分かります。
んで、あの頃の堀辺正史師範は、なんか知らんけど『週刊プロレス』でターザン山本とずっと対談してたんだよねえw。本も出してたし、『スーパージョッキー』にも出てたし、露出は多い人でした。
この堀辺正史師範や、塩田剛三といった…「謎が多くて、いろいろとミステリアスなんだけど、問答無用で強いらしい達人」というカテゴリーの方々が、格闘技最強論争に彩りを添えていたのは言うまでもないでしょう。信者になるか、一笑に付すかは貴方次第ってね。
『グラップラー刃牙』の渋川剛気や本部以蔵は、明らかにこのカテゴリーをキャラクター化したもので、あの頃はこういう達人の最強幻想が確かにあったのです。

一時はライガーや武藤、船木も師事していた堀辺正史師範。格闘技業界では実に得難い御方でした。
こういう謎が多くてツッコミ所満載みたいな人がいると、なんやかんやで業界全体が活気づくんですよ。強いのか弱いのかも含めてね。
現在の衰退した格闘技界や、健全化した新日本プロレスではお呼びじゃなかったかもしれませんが、もうちょっと長生きしてもらって、胡散臭く関わってほしかったですね。
骨法の後継者、53代目はちゃんといるのかなあ。ここで途絶えたら大伴古麻呂に申し訳ないからね。マイナンバーとか持ってない、胡散臭い人を希望。
では、堀辺正史師範、あの世で大伴古麻呂と存分に手合わせしてください。
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2016/03/03 Thu. 03:38 | trackback: 0 | comment: 0edit

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