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メテオ・ストライクス!

いろんな分野で独り言を日々書きます。稼働終了したセガのクイズゲーム『Answer×Answer』を振り返る事もあります。

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清原の件に、ドラフトは関係無いから。 

花粉症で気分が優れないので、ごく簡潔に。

清原騒動で、清原逮捕当初から「ドラフトで巨人に入ってればこうはならなかった」という論調の方が、割といらっしゃるんですけどね。
その仮定には全く賛同出来ませんねえ。
あの年のドラフトで、巨人は野手よりも投手が欲しかったんですよ。球団としても王監督としても。
だから、桑田という逸材を一本釣りしたくて、大学進学という煙幕まで焚いて桑田単独指名に成功した。その時点で、どんなに恋い焦がれていようと清原の巨人入りは無い訳です。
「巨人に指名されていれば云々」というのは、巨人も清原を指名してクジに外れた場合は成り立つでしょうけど、巨人は清原を蹴ったんですから「たられば」は無いんです。
清原を擁護して桑田を悪者にしてれば精神が落ち着く連中の戯言ですよ。

西武に入団した事については、結果論で言えば功罪あるでしょう。
開幕からファーストを任せられる球団だったのは幸運でした。あのセンセーショナルな1年目は、西武に入ったから実現したと言えます。
ちなみに、もしクジで阪神に入っていたら(阪神は指名したからね)、1986年はバース神の三冠王2年目(3割8分9厘、47本、109打点)ですから、ファーストは絶対空きません。というか、セカンド岡田、サード掛布、ショート平田と内野は不動過ぎます。
まあ…良くて外野コンバート、通常なら2軍です。(掛布が中日の斉藤学から手首骨折のデッドボールを喰らって選手生命をほぼ絶たれてしまうので、サードコンバートはあったかもしれない)
あと西武は、広岡が辞めた直後で自由闊達な雰囲気がありましたから、そういうのも影響したかもしれません(広岡はそう言ってるw)。
1987年の日本シリーズで、清原が泣いたのが今までは美談として語られてましたが、…試合中のしかも大詰めの大事な時に泣く野球選手なんて、よくよく考えてみれば「お子ちゃま」なんだよねえ。あの時マウンドの工藤は(…おいおい、勘弁してくれよ~)と思ってたそうですし。
西武に行ったから1年目から伝説的な活躍をし、西武に行ったから精神的に甘いままだった。工藤、渡辺久、郭、秋山、田辺、辻、平野、伊東…と、やんちゃなようでいて全員その後立派な指導者になる選手達ばかりなんですけど、清原は可愛い後輩でチヤホヤされ過ぎたんでしょうかねえ。
それでも、「巨人に指名されなかったから清原はダメになった」とは言えないと思います。
その後、巨人に移籍してからは、野村ルートその他で興奮剤や覚醒剤に手を染めていったようですけど、これについては「巨人だから」そうなっていったと見るのが妥当でしょうね。重圧デカいし。

まあ、デカい子供という状態のまま選手生活を送ってしまった訳ですから、西武の育成もマズかったのは間違いないですけど、大きすぎる才能故にそうなってしまった…と思います。
あの才能を見たらチヤホヤしたくもなりますし、一部が厳しく接しても(伊原とか)、それが徹底はされませんからね。
ドラフトで巨人に行ったとしても、あの才能は結局チヤホヤされたでしょうから、似たような結末になったはずです。
あの当時なら…ノムさんはまだ解説者だから中日かなあ。星野の鉄拳制裁。チーム一丸でボッコボコにされてたら、ちょっと違っていたかもしれません。阪急、近鉄みたいな恐い先輩がゾロゾロいるとこでも…。
さわやかイメージはつかないだろうけどねw。

とにかく、巨人は清原を指名しなかったんで、ドラフト云々は戯言だから。
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2016/03/20 Sun. 05:38 | trackback: 0 | comment: 0edit

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