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メテオ・ストライクス!

いろんな分野で独り言を日々書きます。稼働終了したセガのクイズゲーム『Answer×Answer』を振り返る事もあります。

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VHSの思い出、そして終焉 

船井電機は、VHS方式の家庭用ビデオデッキの生産を7月末で終了する。

パナソニックやソニーなど大手電機が撤退する中、船井電機が国内で唯一、ビデオデッキを手がけていたという。
船井電機は1983年にビデオデッキに参入し、2000年前後には国内や欧米で年間1500万台以上を販売した。
その後はDVDの普及などで市場が縮小。近年は中国の工場の製品を主に北米向けに販売していたが、部品の仕入れが難しく「やめざるを得なくなった」(広報)という。
海外主要メーカーもすでに撤退しているとされている。

(転載ここまで)


VHSほど普及した、いわゆる「勝者」でも約40年ですか。
子会社であるビクターが開発したシステムを使い、先行するソニーのβを松下電器の販売力で逆転し、日立や三洋を仲間に引き入れ、β陣営だった東芝すら寝返らせるという、松下幸之助の晩年最後の大仕事。
技術・画質信奉者は嘆いたものの、結局…「2時間録画出来る120分テープ」という表記など、マニアではない一般のお客を大事にしたのが勝因でしたね。なんでβのテープはあんな分かりづらい表記にしたんだろう。
そんな全世界を席巻したVHS規格も、DVD出現とハードディスク録画の一般化で急速衰退。今でもこれを録画に使っている人はいたんでしょうか。アナログスカパーくらいなら録れるだろうけど。
まあ、偉大なる規格の終焉ですね。

家庭用ビデオデッキの登場は70年代。
独自規格時代は知りませんが、革命的なビデオデッキとしてソニーのβ規格であるJ1とかJ9が発売されたのは、70年代でも後半のこと。
自分の1学年下にソニーの電器屋の息子がいまして、直接の知り合いではなかったものの、成り行きで数回お邪魔したことがあります。
目につく電化製品は当然ソニーばかりだったんですが、お邪魔した自分らに衝撃を与えたのが最新鋭ビデオデッキJ9。放送された番組が録画出来て何度でも見れるという概念は、当時小学生だった自分には驚きでしかありませんでした。
そこで見せてもらったのが、しばらく前に放送されたアニメスペシャル『キャプテン』。日生ファミリースペシャルとして放送されたのが、自分…小5じゃなかったかなあ…。だからあの時の自分は小5だったと思います。
『キャプテン』は大好きでしたから当然見てたんですけど、まさか思いもよらぬ形でもう一度見れた。嬉しかったのか、記憶が凄く鮮明に残ってます。墨谷二中と青葉の決勝戦、青葉の監督(グラサン、森山周一郎)がエースの佐野に勝負を指示するシーン、最高ですわ。
また、高性能のJ9ならではの、再生しながらの早送りと巻き戻しもやってもらって大笑いしたのも覚えてますね。この機能、VHSではなかなか搭載出来なかったんですよね。
「この機械スゴいなあ!」と思ったこの日が、自分のビデオデッキとのファーストコンタクトとなりました。忘れられませんねえ。
これからしばらくすると、徐々に友達の家にビデオデッキが普及し始めます。当然ながら…裕福な家からね。

中学に入ると、よく遊びに行っていた親戚がビデオデッキ(VHS)を導入したので、録画したものを見るという経験も増えました。
友達の家でマクロス見たり、映画を見たりする経験もし、ビデオデッキへの憧れは加速していきます。
ただ、ウチの親は必要性を感じていなかったため、しばらくは指をくわえて余所を羨む日々。無理もないことですが。
そんな親がビデオデッキ導入に傾いたのは、自分が高2になる4月。この頃になるとビデオデッキの普及が加速度的に伸び、大半が持っている状況になったのです。…つまり「みんなが持っているならウチも買おう」という、実に日本人な思考だったんですねw。
この時、自分はβを買おうと主張したんですが(笑)、ウチはなんでもナショナルの製品しか買わない主義だったもんで、あっさり却下。
その代わりとして、当時の民生用最高級VHSである『NV-1000HD』を買わせたのです。定価24万9800円。
このデッキ、VHSとしては後に繋がる画期的機能を搭載した機種でした。

・テープ録画の重ね目が、FEヘッド(フライングイレースヘッド)でガチャガチャ砂嵐にならず滑らかに繋がる。ソニーのBetaProに対抗するべく満を持しての搭載。
・テープカウンターが4ケタの数字ではなく正確な秒単位の時間表示で、テープ残量も分単位で表示出来る。これは革命的だった。
・VHS初のジョグシャトルダイヤル搭載(本体側のみ)で、変速再生や高度な編集作業が出来た。
・ノーマルVHSながらハイクオリティ規格で画質が良く、音質もHi-Fiでステレオ放送時代に充分対応していた。
・2週間8プログラムの充実した予約が出来、毎週設定も可能だった。
・価格から分かる通り、フラグシップ機種として高級にガッチリ作り込まれていたので、丈夫で長持ちだった(ウチもそうだったし、ネットでもそういう感想が多い)。

…まあ、初めてビデオデッキを買う家が使うような機種じゃ正直なかったんですがw、自分は満足でした。家人からはボタンが多すぎると不評でしたが、使うボタンはここだ!と叩き込みました。
高い、ゴツいと言われてましたが、自分が実家を去ってからも最終的には金額に見合う働きをしてくれたようで、良かったと思ってます。
そんなビデオデッキで、『めぞん一刻』やら『必殺仕事人激闘編』やら『斉藤さんちのお客様』を録画してるというのもアレでしたがねw。
今思い出しても、漆黒に金文字でカッコいい機種だったわ。なんといっても「Video Master」と自ら謳ってたからね。バブルならでは。

高校卒業後、福岡に移ってからしばらくは赤貧だったのでビデオデッキは持ってませんでした。
知り合いから再生専用デッキを数千円で買い取り、それで映画やエロいのを見てましたね(再生専用デッキという言葉自体懐かしい)。
20才頃に、…素直になれないヘソ曲がりが炸裂して、8ミリのビデオデッキを買います(ソニー製)。「8ミリならテープ小さいから保管が楽だぞ!」と強弁しながら。まあそれは正しいんですが、知り合いとの互換性は無いのよねw。
それから5年くらいして、VHSと8ミリのツインデッキを買います(ソニー製)。左側に8ミリ、右側にVHSのテープが入って切り替えられるんです。
どっちも使えるから8ミリの録画資産も活かせるし、遅ればせながらVHS録画も出来るし。これは今でもあるよ。
2002年初頭、ふとS-VHSが欲しくなってオーディオ雑誌でちょっと話題になっていた、S-VHSとハードディスクのハイブリッドという珍しい機種を買います(ビクター製)。
確かにS-VHSは綺麗だったんですが、それよりも何よりもハードディスク録画という画期的なモノに出会ってしまったのが収穫でした。起動するとハードディスクの音がうるさいんで今はほとんど使いませんがw、この投資があったからこそテープ録画に見切りをつけられました。
そしてほどなく、ハードディスク&DVD録画へ移行していくことになります。
VHSを録画に使う事は無くなりました。見る機会も急速に無くなりました。
捨てられない貴重なエロビデオを見返す時くらいですかね(おい)。

フナイのビデオデッキなんて、安価で買える「安物」の代名詞だったのに…、VHSを開発したビクターではなく、その親玉のナショナルでもなく、泣く泣くβを捨てて参入したソニーでもなく、フナイがVHSの守護者になっていたとはねえ。
そしてフナイも生産をやめ、VHSという規格が終了する。フナイお疲れ様でした。
一般家庭に「録画」「タイムシフト」「保存」という概念を植え付けたVHSに感謝を。オタクという人種はVHS無しには有り得なかった。アダルトビデオというジャンルもな。
今や配信の時代で、録画すら過去の物になろうとしていますが、VHSが果たした役割は言葉に出来ないくらいデカいんです。
そのVHSビデオすら、デッキが無くて気軽に見れない時代がやって来る。いずれDVDも見れなくなるんですかね…。

人生を楽しくしてくれた、VHS規格に感謝を。
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2016/07/25 Mon. 05:01 | trackback: 0 | comment: 0edit

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