07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

メテオ・ストライクス!

いろんな分野で独り言を日々書きます。稼働終了したセガのクイズゲーム『Answer×Answer』を振り返る事もあります。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/-- --. --:-- | trackback: -- | comment: -- | edit

藪恵壹の帰還 

藪恵壹という投手を「嫌いだ」と言う阪神ファンは、おそらくあまりいないと思う。

1994年の入団以来、彼は常に暗黒のダメ虎を支えていた。
1992年に光り輝いた先発五人衆。マイク仲田、猪俣の確変はすでに終了し、時短もスルーしていた。中込は古き良き阪神体型となり、真っスラが良い時だけ勝てる投手になっていた。湯舟は笑みを浮かべていた。野田は…野田は…オリックスで光り輝いていた。
藪恵壹は希望だった。そりゃあ舩木や福原が希望に見えた事もある。日によっては川尻が希望かもしれなかった。でも、藪恵壹と、超過勤務ぎみの中継ぎ課の面々だけは、常に変わらない希望だった。
あの時代の阪神での3年連続2けた勝利。それは偉業。横浜優勝の年だったか、横浜の斎藤隆と藪恵壹は、投球回数と防御率がほぼ同じだったのに、斎藤隆は16勝、藪は2けたに届かなかった…。それはマシンガン打線の横浜と、新庄(覚醒前)と桧山が主軸で呑気に凡フライを打ち上げていた阪神の差であった。八木も、そして和田も晩年を迎えていた。

藪は決して剛球投手ではない。要所は度胸良いシュートで打たせて取る投手。体力の落ちる夏場はよく負けてたし、早々と崩れて中継ぎ課が出動する事もよくあった。
それでも、虎のエースは藪恵壹。ちょいと織田裕二似のいい男、清原の内角もえげつなくシュートで削る。『清原の指3本アピール事件』での飄々としたコメントは実に痛快で、我々虎ファンの溜飲を下げてくれた。
そんな藪も…野村監督末期には故障で勝ち星無し。ちょうど井川の台頭と重なり、世の常の栄枯盛衰…もう駄目なんかなと思いきや、星野襲来で復活、2003年の優勝にも貢献。ただ、日本シリーズでの登板は無く、「星野は分かってねえ!」と痛感した。

おそらくそういう事もあって、2004年オフにFA。これを祝福せずしてどうする。藪恵壹は阪神での役目を終えた。それは過酷な役目だった。まだ投げるというのなら、行き先が巨人だろうと応援する。幸いメジャーだったけれど。
メジャーでは、現れたり消息不明になったりメキシコだったりしながら、時々健在ぶりを見せてくれた。1球トリプルプレーなんていう、洒落た事もやってのけた。
そして昨夏、いきなり楽天に現れ、そこで選手生活を閉じた。
日本通算84勝106敗、メジャー通算8勝7敗。せめて通算成績を五分五分にしてあげたかった。

そして、藪恵壹は阪神に2軍投手コーチとして帰ってくる。
彼が指導者向きなのかは分からない。苦労は人一倍してるけど、それが今の投手に伝わるのかも分からない。
でもエースと呼ばれた投手が、特に球団やファンや在阪マスコミと揉める事も無く、引退後もチームに尽くしてくれるというのは極めて珍しいので、期待は大きいのです(江夏、江本、小林、池田、キーオ、マイク、川尻、井川…etc)。しかも阪神以外の経験がある。これ重要。
あとは、藪恵壹のスピリッツを受け継いだ、度胸満点の投手の出現を待ちたい。

「お帰りなさい、藪恵壹」
関連記事
スポンサーサイト
2011/01/15 Sat. 23:37 | trackback: 0 | comment: 0edit

コメント

コメントの投稿
Secret

トラックバック
トラックバックURL
→http://meteorsan.blog107.fc2.com/tb.php/288-25feb83b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。