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メテオ・ストライクス!

いろんな分野で独り言を日々書きます。稼働終了したセガのクイズゲーム『Answer×Answer』を振り返る事もあります。

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伝統という名の保守、文楽 

「へえ! そうなんですかあ!」

橋下市長と文楽協会の対決構図。いろんな見方はあると思うんですが、一連の流れを見ていて「あ、ひょっとして、橋下市長はこれを問題にしたいのかな?」と思った事がありました。それが冒頭に書いた橋下市長の発言。

これは、文楽が現代的でない…と橋下市長が言ったのに対し、文楽協会のトップがドヤ顔で「文楽の脚本は全て江戸時代からのものである」と言い返した際、橋下市長が言ったらしいんですね。
文面なんでニュアンスまで読みとるのは難しいんですが、思うに橋下市長は…内心あきれたんではないかなあ…と。自分も「おいおい」と思いましたし。

世の中に、古典芸能と呼ばれるものはいろいろある訳ですが、今でもそれなりにファンが根付いているものは、【進化】してきたものである…と思うんですよ。
落語は多種多様の古典があり、さらに桂三枝師匠(生まれた時から三枝だったのに、ここにきて文枝になられるのも微妙なんんだよなあ)などが積極的に発表されてる"新作落語"がある。ひょっとすると新作の中から、将来の古典が生まれるかもしれない訳です。
歌舞伎も、十八番なんていう古典演目もやりつつ、新作の歌舞伎もちょくちょく発表されたり、スーパー歌舞伎なんていう試みもあったり。能、狂言なんかも古典オンリーではないようですが、歌舞伎ほど目立ってはいないかな。

文楽協会の人はおっしゃった。「脚本は全て江戸時代からのものである」。
…それって、明治以降、誰からも脚本を書いてもらえず、近松門左衛門みたいな人形浄瑠璃作家というのが、そもそもいなかったと解釈してもよろしいんですかね?
近松という人は時代の流行りに大変敏感な方で、かの有名な『曽根崎心中』も当時起きた心中事件をモチーフに書いたそう。タイムリーな事件に、"この世も名残 世も名残…"で始まる超名文をガッチリ噛ませた、名作中の名作。
で…、それから文楽っつーのは、近松を神と崇めて、明治以降の激動の時代にも目を背け、新たな脚本や演出方法をさして模索する事なく生きてきたんですかね?
橋下市長が芝居がかった返事で引き出したのは、そういう文楽協会の、「時代なんてどうでもええねん、近松はんだけが神様でんねん」という、保守的を通り越した実体だった気がしますね。脚本は全て江戸時代からのものと聞いて、ビビったのはこっちですよ。

橋下市長は、見せ方、演出に疑問を投げかけてましたが、それよりまずは脚本と題材じゃないですかね。新作人形浄瑠璃として、時事的なネタなどドンドン織り込んで、話題になっていかないと。
世の中を騒がせた事件を取り入れた『毒婦印渡飯』とか『明鏡止水指三本』。政治風刺を散りばめた『琉球翻弄鳩』とか『公約反故三人男』。
あと、江戸時代なら人形浄瑠璃の脚本を書いていたであろう才能が、映画、漫画、アニメなどに残した"泣かせる系"の作品を、翻案して文楽作品にしてしまうのも手。
例えば、『AIR』の神尾美鈴と、叔母晴子との関係に絞って、クライマックスに…あの「ゴールしてもいいよね?」の場面を盛大にやる。
人形操る方の入魂の技術に、三味線がこれでもかと煽って、謡曲部隊が"♪わーたーしぃ ごおるしーてーも いーいーよーねええ"と謡いまくる(ゴールを「あがり」に翻訳してもいい)。
あの『AIR』が文楽になった!と聞けば、重度のファンや病状の重いオタの方は結構見にくるはずです。人形も少し現代風にすべきかな。
冗談に感じるかもしれませんが、結構本気で書いてますよ。

世の中が、阪神大震災や東日本大震災に見舞われようと、文楽協会は黙々と近松のみを神と崇めて、ひたすら江戸時代からの人形浄瑠璃をやり続けている。客が増えるとか減るとかは関係ない。食い扶持は国や自治体が出してくれるから、ひたすら古典をやればええんや。

それは、『劇場版少女革命ウテナ』の表現を借りれば、【生きながら死んでいる世界】なんじゃないですかね。

落語や歌舞伎は新作も作るし、他の媒体に出て顔を売る事で本業に繋げようとしている。能や狂言も同様。
閉じこもり、新作も作らず、興行であるという自覚が無く、客がどう思うかという視点が無い。ワタシら、人間国宝ですねん。
橋下市長があえて文楽協会に喧嘩を売っているのは、この…世間の目から逃れて、生きながら死んでいる方々にスポットを当てたかっただけなんじゃないですかね。
文楽協会としたら、「ホンマなんちゅう事してくれますのや。ワタシら生きながら死んでるっちゅうのに!」というのが本音でしょう。

金を出す出さないはともかく、文楽協会が人形浄瑠璃を発展させる気が全く無い集まりだと分かっただけでも、橋下市長は役割を果たしたと思いますよ。
では改めて…「へえ! そうなんですかあ(笑)」。
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2012/07/31 Tue. 04:37 | trackback: 0 | comment: 0edit

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